導入:良かれと思った「高額給与」が経営を揺るがす?
家族経営者にとって、配偶者は単なる家族以上の存在であることが多いでしょう。経営の苦労を分かち合い、現場を差配する「二人三脚のパートナー」に対し、その貢献に見合う高い給与を支払いたいと考えるのは、経営者として至極当然の心理です。
しかし、税務当局の視点は驚くほど冷徹です。配偶者への感謝や主観的な評価は、税務上の「経費」を判断する場では一切考慮されません。実態が伴わない、あるいは客観的な証拠に乏しい高額な専従者給与は、税務調査において「不相当に高額」と一蹴されるリスクを常に孕んでいます。良かれと思って設定した給与が、数年分の追徴課税という形で経営の根幹を揺るがす事態になりかねないのです。
驚きの判決:1,800万円が「800万円」へ。裁判所が下した厳しい審判
近年、専従者給与の妥当性を巡る極めて重要な判決が下されました(東京高裁 令和5年8月3日判決)。
この事例では、内科医である納税者が、看護師免許を持ち事務長も兼ねていた配偶者に対し、年額1,800万円の専従者給与を支払っていました。しかし、税務署はこの金額を「過大」であると判断。裁判所も最終的にこの判断を支持し、適正な給与額は平成28年・29年分で各8,213,334円、30年分で7,924,922円であると認定したのです。
給与の半分以上が否認されるという、衝撃的な結果です。なぜ、これほどまでに厳しく減額されたのでしょうか。その核心は、所得税法が求める「労務の対価」としての客観的な妥当性が認められなかった点にあります。
「所得税法56条、同法57条1項及び所得税法施行令164条1項の規定によれば、青色事業専従者に支払った給与の額が、労務の対価として相当と認められるものとして事業所得等の計算上必要経費に算入することが認められるのは、所得税法57条1項及び所得税法施行令164条1項の掲げる各事情を踏まえ、当該青色事業専従者に支払った給与の額と提供された労務との対価関係が明確であるものに限られるというべきである。」(出典:TKC法律情報データベース LEX/DBインターネット)
裁判所は、配偶者が多様な業務に従事していた事実は認めつつも、その労務の内容や量が給与額とどう結びついているのか、その「対価関係」が不明確であると断じました。
「比較対象」はブラックボックス?税務署が詳細を開示しない衝撃
この裁判で納税者側が強く訴えたのは、「税務署が比較対象とした同業者の情報を開示せよ」という点でした。税務署は「類似同業者比準方式」という手法を用い、以下の基準で機械的に抽出した同業者の平均給与を「適正額」として算出しています。
- 業種: 同じ内科医業
- 収入規模: 売上金額が納税者の2分の1以上、2倍以下
- 地域: 同じ又は隣接する税務署の管内
- 資格: 配偶者が看護師資格を有している
納税者は、比較対象となった同業者の勤務実態や労働時間などの詳細が不明なままでは反論できないとして、情報の開示を求めました。しかし、裁判所は「抽出基準と結果(平均額)が開示されていれば、推計方法として合理的である」と判断。さらに、比較対象となった件数が各年わずか6件又は12件という少数であったにもかかわらず、その平均値をもって適正額とすることを妥当と認めました。
納税者にとって、どこの誰とも分からない他人の給与平均という「ブラックボックス」によって自らの経営判断が否定されることは、極めて不条理に感じられるでしょう。しかし、司法はこれを「営業の自由の侵害ではない」と切り捨てたのです。
税務署は「労務の対価として相当か」を以下の3つの視点で厳しく精査します。
金額の妥当性を判断する3つの比較視点は
| 比較対象 | チェックされるポイント |
|---|---|
| 他の従業員とのバランス | 他のスタッフと比べ、責任の重さや精神的負荷、資格、労働時間が給与額に正しく反映されているか。 |
| 同業他社とのバランス | 同じ業種、規模、地域の事業者が、配偶者にいくら払っているか(類似同業者の平均額)。 |
| 事業規模とのバランス | 事業の売上高や利益に対して、専従者給与の割合が過大ではないか。 |
「客観的な証拠」がない「二人三脚」は認められない
「配偶者は共同経営者の立場であり、自分以上に長時間働き、経営を支えてくれている」 納税者はそう主張しましたが、裁判所を納得させることはできませんでした。最大の敗因は、その「頑張り」を証明する客観的なデータが欠如していたことです。
本件では、タイムカード等による労働時間の管理がなされておらず、労務の内容や量を裏付ける証拠が断片的なものに限られていました。 特に厳しく指摘されたのが、給与額決定の不透明さです。本件では、平成17年12月から3年余りで給与額が2倍以上に増加した経緯がありましたが、その昇給プロセスにおいて、労働時間や業務の多様性、精神的負荷が具体的にどう考慮されたのかが判然としなかったのです。
いかに二人三脚で苦労を共にしていても、主観的な「パートナーシップ」は税法上、何の意味も持ちません。第三者に説明可能な「算定プロセス」と「客観的な記録」がない限り、高額な給与は「所得の付け替え」と見なされるリスクが極めて高いことを痛感させられる判決です。
【盲点】専従者には「日当」を払えないという厳格なルール
実務において見落とされがちなのが、所得税法56条と57条の構造的な制限です。
所得税法56条は、「原則として、生計を一にする親族への支払いは必要経費に算入できない」と定めています。これに対する唯一の大きな例外が57条であり、「青色申告の届出書に記載された範囲内の給与」のみを特例として経費算入できる仕組みになっています。
この「原則と例外」の構造ゆえに、一般の従業員には認められる「日当」が、専従者には認められません。旅費規程に基づいて支給される日当は、税法上の「給与」には該当しないため、57条の特例の枠外となります。結果として、原則である56条が適用され、必要経費への算入が拒否されるのです。家族に対する支払いは、一般の従業員とは全く別次元の厳しいルールに支配されていることを忘れてはなりません。
パートに出たらアウト?「専ら従事」の境界線
専従者として認められるための大前提は、その事業に「専ら従事」していることです。
そのため、「他に職業を有する者」は、原則として専従者には含まれません(所得税法施行令第165条第2項第2号)。
- 期間の原則: 原則として、その年を通じて6ヶ月を超える期間、事業に専念している必要があります(所得税法施行令165条1項)。
特に注意すべきは、年の途中で働き方が変わるケースです。以下の表は、専従者が7月から外部でパートを始めた場合の判定基準をまとめたものです。
パートを始めた後の期間については、たとえ短時間手伝いを続けていたとしても、給与を経費にすることはできません。「給与を半額にすれば認められるだろう」といった自己判断は、税務調査で否認される典型的なパターンです。
| 時期 | 状況 | 専従者給与の必要経費算入 | 理由・判定基準 |
|---|---|---|---|
| 1月〜7月1日 | 専ら事業に従事 | 可能 | 従事期間が6ヶ月を超えているため、この期間分はOK。 |
| 7月2日以後 | 週4日のパート開始 | 原則不可 | 「他に職業を有する者」に該当し、専従者の資格を失うため。 |
経営状況の変化などで配偶者が7月2日以後に週4日のパートに出始めた場合、それ以降の期間は「専ら従事している」とは見なされなくなります。施行令165条1項の「従事可能期間の2分の1を超える期間」という基準を割り込んでしまうため、7月2日以降の給与は原則として経費算入が認められません。
一人一事業主のルール
父母がそれぞれ独立して事業を営んでいる場合、一人の親族(子など)は、父か母、どちらか一方の専従者にしかなれません。父の事業で6ヶ月を超えて「専ら」従事し、同時に母の事業でも6ヶ月を超えて「専ら」従事することは、物理的・時間的に不可能だからです。複数の事業主から同時に専従者給与を受け取ることはできないという厳格なルールが存在します。また、専従者給与を受けた場合は、所得税の扶養親族にもなれません。
結論:信頼を形にするための「守りの税務」
専従者給与は、単なる「家族への感謝のしるし」でも、安易な「所得分散の道具」でもありません。それはあくまで「第三者に説明可能な、客観的な労務の対価」として設計されるべきものです。
高額な給与を設定すること自体が悪いわけではありません。しかし、それが類似同業者の平均を大きく超えるのであれば、それ相応の「説明責任」と「証拠」が求められます。
あなたの配偶者の業務内容は、第三者である税務署が見てもその給与に見合うと納得できる『記録』として残っていますか?
感情論を排除した冷徹なまでの客観性。それこそが、大切な家族と経営を守るための、最強の税務戦略となるのです。

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